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ムシのいい話

身近な虫たちのこと、音楽や文学や映画やアートや好きなものたちのこと。
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フロドク その3

カバーデザインが秀逸で、本屋で手に取った
円城塔「オブ・ザ・ベースボール」(文春文庫)。

オブ・ザ・ベースボール

裏表紙の解説によると
「奇想天外にして自由自在、文學会新人賞受賞作の表題作」とか、
「メタフィクション小説『つぎの著者につづく』を併録」とか。
出た、メタフィクション。
メタフィクションて書いときゃ買うって思たら大間違いよ。

しかしまあそんなふうに本屋で買え、買え、と訴えかけてくるので、
そげんゆうなら釣られてみろうかい、と数ページ読んでみた。
…………
おもしろいやんけ!


家に帰って読みはじめる時のワクワクのため、
本屋でページをめくることをあえて拒否しつづけたことも今は昔。
音楽も試聴して買うなんてもったいないと思っとったけど、
一時のワクワク感のために支払ってきた代償は大きかった。
若かりし学生の頃、もちろん金がないけん厳選して買わんといかんし、
そんな数少ないワクワクの機会を損なうなんてもったいない、
とゆう妙なこだわりは、一度読んだらその後開かれることのない本とか、
二度とターンテーブルに乗らんレコードを増やしただけ。
いつの間にやら試聴、冒頭の立ち読みはあたりまえになった。
数々の失敗を経て、人は学び、大人になるのだよ。

しかし冒頭立ち読みをすることにより、逆に途中でやめられんくなり、
買うものが増えてしまうとゆう結果も、さもありなん。


表題作は、まあなんとゆうかSF的であり、一種の不条理モノであり。
ある町で、年に一度、空から降ってくる人間を救うために結成された
バッターだけのベースボールチーム。
でも一度も救出に成功したことはない。
よそから町にやってきて、チームの一員となった「おれ」が書いている手記が
そのままこの作品となっとる。

読みよる間はおもしろかったし、最後の放り出し方もいさぎよくて好き。
理系な頭がまったくない私には、理解不能な部分も多いけど、
読めるなら読め、読まんでもかまわん、みたいなスタンスなのか、
(そう感じるほどいっぱい出てくる専門用語やらなんやらかんやら)
理解できんでも一向にさしつかえなさげ。
人を食ったような内容に、ちょっと翻訳モノっぽい文体のせいか、
ブローティガンとかクーヴァーとか読みよる錯覚に陥りそうになる。

高橋源一郎をたとえに出すのもどうかと思うけど、
初めて「さようなら、ギャングたち」を読んだ時の感触を思い出した。
めっちゃおもしろい! かもしれん、ような気がする、みたいな。
でも実際おもしろくてたまらんくて。
もちろん「理解」はできとらんかったと思うし、今読んでもたぶんそうやし、
そのおもしろさを言葉にできるような技量もない。
理解できずとも感覚的におもろいものって、あるやん?
逆にだからこそその魅力にとりつかれ、一種の中毒になるみたいな。
でもその中毒的なおもしろさのせいで、ずっと追いかけることに。

この円城塔作品もそうなるかわからんけど、
私はおもしろかった。★7。
たぶん好き嫌いわかれるとおもうけど。



問題は「つぎの著者につづく」。
わけわからん。てゆか、読めん。
膨大な注釈が巻末につけられとるけど、そもそもそんな問題ではない。
文章がまったく入ってこん。
頭わるすぎやろ、おれ。

それでも修業のごとく、熱と湯気でぼーっとした頭で読みよったら、
半ばにさしかかるころから、ようやく話が見えてきた。
それにしても読者を拒絶しとるんじゃなかろうかってほど、
わざわざまわりくどく、難解な表現を用いてある感じ。

話としては、ひとことでゆうと、
実在するかどうかわからない書物をめぐる探求物語。
それだけ聞くと、過去のメタフィクション作品とさほど変わらんと思いきや、
そこにはボルヘス、レム、エーコ、カルヴィーノら
先人の手による架空の作中作品が次々登場したりする、
メタフィクションのためのメタフィクションみたいな迷宮。
もちろんそんな20年以上前に読んだ作中作品名まで
この頭が覚えとるはずもなく、注釈がなければなんのこっちゃ、って話。

その迷宮を旅する中で、フィクションとは何ぞや、書くこととは何ぞや、
言葉とは何ぞや、とゆう巨大な命題に立ち向かった冒険譚。
作者の決意表明ともとれる本作、その心意気に盛大に拍手を送りたくなりました。
が、反面、私には難しすぎた。
これはハッキリゆうてフロドクには不向き。
★5。



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